「そんな、困ります!先日納品したものを全て返品なんて…確か500万ほどご注文頂いていた、あの… 」
おれが毎朝楽しみにしているコーヒーブレイクは、この始業開始前のクレームで、あっけなく終わった。
500万分、全て返品? 聞いたことがない莫大な返品額だ。
「どこの会社だ?」
おれは、青ざめて電話を置いたまま硬直している事務の女の子 に向かって聞いた。
「黒岩特殊板金さんです!昨日、安藤さんが初めて取引した…すごい 怒ってます!」
ふいに、隣の席からガタッと立ち上がる音がした。出勤してきたおれの部下・安藤守だ。
彼は、何が起きたのか分からないというように目を丸くしたまま、室内にいる10 名の社員からの視線を浴びていた。
「安藤、聞いてたか?」
おれの問いに、安藤はかすかに「はい」と答えるしかできなかった。
無理もない。彼はこの黒岩特殊板金からの発注により、入社一年目にして営業成績が全営業社員中ダントツ1位 に躍り出るという偉業を達成していたのだ。数字が全てのいわゆる営業社畜にとって、営業成績は命の次に大切なもの。彼の喜びはいかばかりだったろうか。
しかしそれが、もし返品となれば確実に最下位。それどころか前代未聞の大損失を出してしまうことにもなる。
そしてその影響は彼だけに留まらず、上司であるおれにも責任問題として降りかかってくる。
「なんで…今なんだよ…なんで…」
安藤の手がかすかに震えているのが見えた。彼のうらめしそうなつぶやきは、朝の爽やかな空気にはあまりにもふさわしくなかった。
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